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2011年06月30日

届くよ。

秋田 浅舞酒造 天の戸
こんな、楽しいお酒が週明けに入荷です
日本酒の杜氏と焼酎の杜氏 ふたりの想い

2001年、一月。
「大吟醸の麹つくりをこの目で見てみたい」その一心で
つてを頼りにたどり着いたのが秋田の「天の戸」浅舞酒造。
研究熱心な大海酒造の大牟禮杜氏はそれから4回、冬この蔵に足を運ぶことになる。

大牟禮杜氏は天の戸での「研修」についてあるインタビューに答えて、
「一年目は酒つくりの難しさや緻密さを学び、
二年目は酒造りと、焼酎造りの違い、また焼酎に足りないものを学び、
三年目は蔵人のやさしさや思いやり、そして酒つくりに真摯に向き合う姿を学びました」
と話している。

一方の受け入れる側の私は、大吟醸の麹の寝ずの番を、
二人でしながらの語り合いの中から学んだことがいつも心の中にある。

「秋田では品質のいい米がたくさん穫れる。鹿児島では品質のいいサツマイモがたくさん穫れる。
その土地の気候風土の恵みを酒にする。日本酒であろうと焼酎であろうと、それが「地酒」だ。
田んぼや畑、そして農家あってこそ成り立つものだ。」

こんなことを話しながら二人は次第に意気投合していった。
そして日本酒と焼酎の浮き沈みの話では、
「焼酎に日本酒が負けたとか、押されたとか、はたしてそうなのか。
無理やり焼酎と日本酒を、敵とかライバルに仕立ててほしくない。
賢くて正直な飲み手は、おいしくていいものを選んでいるだけなのだ。」
と、語り合った。

それにも増して、技術の話になると時間が足りないほどだった。
原料の選び方、麹の話、モトの使い方、仕込み水と割り水に使う水。
違うようで似ている、日本酒と焼酎。そして、似ているようで違う、日本酒と焼酎。
昼間は仕込みを一緒にして、夜は2時間おきの麹の管理をしながらの日々。

そして4年目の冬。
どちらともなくこの話を切り出した。
「焼酎の黒麹で日本酒を造ってみよう」
私はひと夏かけて「黒麹の日本酒」の可能性を下調べていた。
一方、大牟禮杜氏は天の戸に4回仕込みに立ち会ったことの印として、
「黒麹の日本酒」を勧めたかった。

大牟禮杜氏が鹿児島に帰った2月の半ばに仕込みに入った。
麹は普段使っている麹室を使わず、蔵の一室を急造の麹室にして、
温度の足りないときは電気毛布を動員した。
出来上がったごま塩状の麹に驚き、口に含んでもっと驚く。
話には聞いていたのだが、まさしくレモン味。口の中ではじけた。
もろみにすると、黒麹の黒い色素が泡と一緒に上に上がって縞模様を作った。
分析すると当然のことながら今までに見たこともない数値。
普通なら異常もろみで税務署の指導を仰がなければいけない。
不安な酒造りの日々だった。
そして一番困ったというか迷ったのが上槽の時期だ。
参考になるものもなく、ただこの酸味とバランスを取るように幾分甘みを残すことに決定。

搾った酒は今まで口にしたことのない味わい。山廃とはまた違う酸味が広がる。
と同時に、かなり渋みもある。蔵人のほとんどは一度顔をしかめる。
それでも、鹿児島の大牟禮杜氏に送ると、
「思ったとおりの酒ができましたね。森谷さん」との声。

あれから8ヶ月。
蔵で常温で寝かされた「黒麹仕込み」は、熟成され丸みを帯びた。
焼酎の大海酒造と、日本酒の浅舞酒造のコラボレーションは、
『天の戸 黒』という形でひとつの完結となった。

 *仙丸より~
 森谷杜氏と大牟禮杜氏、二人の関係は
 日本酒の杜氏と焼酎の杜氏という、酒類の違いを超えて
 「美味しいもの、旨いものを届けたい」という気持ちで一つになっています。
 そんな素敵な杜氏たちに巡り合えたことを、とても嬉しく思います。
 と同時に、このお酒を造ってくれて、存在を知らせてくれた
 森谷杜氏と大牟禮杜氏、二人にとても感謝しています。
 そして、このお酒を「飲んでみたい!」と言ってくださるお客様、
 応援してくれるお客様全てに感謝します。
    地酒仙丸さんから抜粋です
ワタシは、今から入荷が楽しみで 楽しみで・・

投稿者 kazu : 2011年06月30日 12:56

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